May 21, 2011

庭園美術館『森と芸術』

試験中であって、部活顧問の出勤要請がない。季候の良い日にオフとなり、うれしい。
この時期は緑がきれいである。葉っぱの写真が撮りたい。
それで、東京都庭園美術館へ行った。

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すでに新緑は過ぎているが、まだいたんでいない若葉を透過光で見ると、このように美しい。


展覧会の方は、「森と芸術」。絵画や版画などを通して、人と森のかかわりを見ようというもので、いささか安易な発想のような気もする。監修者として巖谷國士氏の名前が出ているが、私は、この人の業績をほとんど知らないし。

それでも、気構えなしに展示作品をながめていると、それなりに面白い。時代を縦断していろいろな作家の作品が現れるから、その意外性も楽しい。コローがあったり、ヘタウマのH.ルソーがあったり。

どういう関連があるのかわからないが、アンドレ・ブルトンの書斎の写真があった。これが、すごい。人の顔、姿をモチーフとした美術品、民芸品が非常にたくさんあって彼の机を取り巻いている。「ナジャ」を読んだことがあるのだが、あの不思議な気持ちの悪い作品も、ここで書かれたものなのだろうか。

と、ここまで考えて、帰ってきてから「ナジャ」を手に取ってみたら、訳者が巖谷國士氏であった。
ああ、… つながりはわかったけど、やっぱりあの写真があったのはなぜなんだろう。

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December 05, 2010

角田光代 『対岸の彼女』

先日の神奈川総文祭放送部門大会で、勤務校の生徒が朗読で読んだ作品がこれであった。

私はこの角田光代という作家を、この間まで知らなかった。そして当然、『対岸の彼女』も読んだことがなかった。
生徒が、2分間の朗読のためにとりだした部分。主人公と思われる葵がラオスの田舎で金品を盗られた後の場面なのだが、それが作品全体の中でどのような位置づけなのか、生徒に聞いてみてもどうもよくわからなかった。
それで、たまたまブックオフでこの単行本を見つけたので、買ってきて読んでみたのである。直木賞受賞作であることは、本を買ってから知った。

内容は、面白かった。ぐいぐい引き込まれて、久しぶりに夜半過ぎまでの読書となった。設定や展開に無理があると感じるところがあったものの、おおむね、ストーリーも提示されている主題も、まことに魅力あるものだった。
希望としては、ナナコのその後を明らかにしてもらいたかったな、というところ。

ところで、私は2分間の朗読練習にずいぶんつきあったので、その部分のテキストを暗記してしまっている。その上で全編を読んでみて、気がついたことがあった。この作家が、意識的にか無意識にかは知らないけれど、好んで繰り返し使う表現があるのだ。

羽虫が ひそやかに のろのろと 遮二無二 …ればいいものを 馬鹿みたい

取り出したのは600文字ほどだったはず。その中に含まれていた上記の表現が、この作品で複数回数用いられていた。調べてみると、この作家は、『ひそやかな花園』という作品も書いている。
私たちは、言葉の使い方を、よい文章を読みその中に出てくる用例で覚える。角田文学の若い愛好者は、こういう表現を身につけていくのだなあ、と思った。

ところで、上記大会では、参加者が選ぶ朗読のための作品に角田光代のものが非常に多い、ということが言われていた。もっと他の作家のものを発掘して、というのである。でも、参加者の多くを占める女子生徒たちの心に響く、読みやすい文章を書く神奈川県ゆかりの作家というと、現在、この人ということになるのだろう。『対岸の彼女』を読んで、これはしかたないのではないかとも感じた。

うーん、でも、中沢けい の初期の作品なんか、どうなんだろう。今更なのかなあ。
島田雅彦は、私の高校の後輩なのだけれど、ああいうのはまた、朗読の素材にしにくい?
石原慎太郎は、これもまた、おすすめというわけにはいかないしねぇ。

しばらくは、角田光代の天下なのかな。

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November 28, 2010

SO+ZO展 「未来をひらく造形の過去と現在 1960s→」

標記の展覧会に行ってきた。
これは、専門学校桑沢デザイン研究所および東京造形大学の関係者・卒業生の作品の総まとめといった趣の会である。

教員として採用になり、最初に担任を持って3年まで上がったころ。「専門学校」のことを、私たち若手はほとんど知らなかった。そしてまた、当時は大学短大への入学がもっとも難しかった時期であり、多くの卒業生が進学していく専門学校のことを勉強する必要に迫られていた。いわゆる専門学校ジャーナリズムの業者さんを呼んで話を聞くことが行われ、そこで、「服飾デザイン関係だったら、桑沢デザイン研究所が一番よい」ということを、言われるままに覚えた。内実については何も知らず、ただ、とりあえずの付け焼き刃的知識の一つとしてそう覚え、生徒の指導にあたったのだった。もっとも、受けに行って受かった生徒はいなかったのだけれども。
あれから20年以上たった今年、勤務校のなかなか面白い生徒が一人、AOで東京造形大学に進学を決めた。東京造形大学は、専門学校のほうと同じ桑沢学園によって設立、運営されているところなのだと知った。
それで、ちょっと桑沢のことを見てこようかと思って、今日、出かけてきたのである。

会場は、Bunkamuraのザ・ミュージアムである。
会期の設定がおかしい。11月13日(土)から11月28日(日)まで。大相撲九州場所の開催期間にその前の土曜日を加えた16日間となっている。これは、Bunkamura ザ・ミュージアムで開催される展覧会としては異常に短いが、3回の土日と勤労感謝の日を含んでいて、足を運んでもらいやすい期間設定であるとも言える。
入場料も一般800円と安いが、窓口には「主催が云々であるので今回はTopカード会員割引がない」という掲示があった。
つまり、Bunkamuraの企画による展覧会なのではなく、会場を桑沢学園に貸しだして行われている会なのだろう。

さて、やっと中身の話になるが。
予想していたよりも、ずっと濃いハイレベルな内容であった。
有名な「おいしい生活」のポスターがある。作者の名前は知らなかったのだが浅葉克己さん。桑沢の卒業生なのだ。
矢吹申彦(のぶひこ)さんの作品。私はなぜ彼の名前を知っているのだろう。週刊誌か何かの挿絵に署名があったからか。
その他、すぐれた訴求力をもつポスターがたくさん。見ていて楽しい。
インダストリアルデザインというより生活器具デザインといった方がいいのか。実用品の、美しいデザインの数々。
服飾デザイン、特に婦人服方面には私は興味がないのでパス。
この学校を紹介するビデオが投影されているブースがあったので、入ってしばらく見ていた。大いに感心したのだけれども、こういう授業はまた、学生にもそれなりの覚悟・姿勢・才能を要求するものだと思った。この学校に入れば○○ができるようにしてくれるんでしょ~?みたいな態度では、到底やっていけるものではないだろう。

ビデオでも触れられていたが、この学校の基本姿勢は、Bauhausのそれに通じるものがある。Bauhausの思想、と言ってもなかなか単純な話でもないらしいのだが、大まかなところ、私はそれに共感を覚える。だから、桑沢に対しても。

何だか満足して、このあと新国立美術館に回ってゴッホを見ようと思っていたのを取りやめることにした。

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October 02, 2010

『日本列島20億年その生い立ちを探る』展

県立生命の星・地球博物館で、標記の特別展が開催されている。今日、時間がとれたので、出かけてきた。

Tikyu_museum

地球科学は、学問としての進展がはやい。
私が高校生のとき、地学の教科書にはまだプレートテクトニクスが載っていなかった。それが、このようなところの展示では、プルームテクトニクスとしてより詳細にリアルに語られるようになっている。これが、もはや定説になっていると考えていいのだろうか。
神奈川県の西半分をつくっているのは、プレートが運んできた付加物であり、その境界線はこの線とこの線になると。

専門外のことで、一般向けに展示してあるはずのものでも、なかなか難しく感じられる。それでも、たまにこうやって知識をリフレッシュしておかないと、いざというときに困ることになる。
何せ、勤務校では、地学の専門教員が持ちきれない理科総合Bが毎年2クラスある。そのお鉢が回ってきたときのことを考えて、自主トレをしておかなければならない。

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August 09, 2010

映画 『オーケストラ!』

やっと3日間連続のオフである。

やるべきことはいろいろあるが、ここは映画でも見て心に肥やしをやろうと思う。以前気になっていながら見損なっていた『オーケストラ!』を見ることにして、シネマート六本木まででかけてきた。
ここでは大きい方のスクリーン1だったけれど、観客はとても少なかった。10人くらいだったろうか。

かつてのソ連。ボリショイ管弦楽団。指揮者をはじめとする主力メンバーが思想犯として立場を追われる。掃除夫や救急車の運転手になったのはまだ良い方で、シベリアに送られて死んだ者も。
それが、ひょんなことから、元のメンバーがボリショイを騙ってパリの有名劇場でチャイコフスキーを演奏することになる。メンバー集め、現地パリでのメンバーの不行跡。ドタバタ。そんなことがあってもコンサートは大成功となるのだが、現地でのゲストとして指定した天才バイオリニストが、かつてのメンバーの…。

これは、フランス風のおかしみを効かせた、大人の喜劇なのだろう。30年も演奏から遠ざかっていたろくでもない者たちが集まって、こんなことがあるわけがない。クラシック音楽をマジにとらえて憤慨する人には向かない映画である。
でも、人間ドラマとしてはよくできていると思うし、私は堪能することができた。見てよかったと思った。

願わくば、もう少し人の入った映画館で、映写後の良い雰囲気を味わいたかったかな。

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June 06, 2010

浮世絵入門 東海道五十三次

実は、先週の土曜日も、美術展のはしごをしているのである。Bunkamura ザ・ミュージアムの「語りかける風景」と、松岡美術館の「モネ・ルノワールと印象派・新印象派展」を見たのだった。
この2つは、まあ、券があったから見に行ったという面もあり、ああきれいだなあ、という程度の感想であった。
でも、今週のは、ちょっと違う。

庭園美術館を出て、都バスに乗り天現寺橋まで。ほう、正面に森タワーが見えるな、こういう位置関係なのか。それから明治通りを歩き、渋谷橋から坂道を上って山種美術館に着いた。開館記念特別展Vとして、「浮世絵入門 -広重《東海道五拾三次》一挙公開-」が開催されている。

広重の東海道五十三次といえば、超有名な浮世絵である。入門と呼ぶにふさわしいかもしれない。ちゃんと見たことがない私は、これ幸いと入門させてもらうことにする。

ここに収蔵され、今回展示されている「五十三次」は、ごく初期の刷りであるのだそうだ。長期にわたって売れ続けたために版木を更新しながら刷ったので、だんだんと刷りや図柄が変わっていくのだが、ここのものは早い時期の刷りで揃っているところに値打ちがあるとのことである。

有名な「蒲原」に目がいく。
初期のものは、「天ぼかし」といって画面の上辺が黒く、下へ行くに従ってごく淡い墨色になっている。まもなく、「地ぼかし」、つまり建物などの背景が黒くなって画面上辺に行くに従って白くなるぼかし方にかわっている。出品物は「天ぼかし」であり、よそにある地ぼかしの作品がプロジェクターによって前の壁に投影されて比較できるようになっている。面白い展示方法である。
初期の天ぼかしの出品物は、背景が、ほとんど白に近い。しかし、よく見ると、そのごく薄い墨色の背景の中に、ちゃんと真っ白い雪が舞っている。浮世絵の刷りとは、こんなに微妙なものだったのか。
その他のものも、やはり、本物を見ると違う。印刷物では味わえない趣がある。満足。

北斎の赤富士がある。この背景の青色は、「ベロ藍」だそうだ。輸入品のプルシャンブルーを使ったと説明してある。
え、「ベロ」?ベロリン…ベルリンブルーの訛りだろうか?

図録を買った。化学IIの授業で錯塩を扱ったばかりである。スキャナで取りこんで投影し、話をしてやろう。

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ロシア構成主義のまなざし

6月5日土曜日。

休日出勤の必要がなく、また特にいそぐ仕事もない。ゆっくりと好きなことができる。
映画でもと思ったが、検討する時間がもったいなく感じられたので、美術館をはしごすることにした。

まず、東京都庭園美術館へ。

開催中の展覧会は、「ロトチェンコ+ステパーノワ ロシア構成主義のまなざし」というもの。長い題名である。
この二人は、夫婦であり、また芸術の上での同志といった存在であったらしい。

彼らの作品は、油彩が主であるようだけれども、それ以外に版画や木製オブジェ、それに衣服やポスターのデザインといったものがあって、大変に幅が広い。
それらは、しかし、やはりある一つのものに貫かれているように思われる。それがつまり、「構成」ということなのだろうか。

3枚組の油彩画がある。左から、赤・黄・青の単色で厚く塗られた3枚のキャンバスである。これを描いた作者の意図は、私にはわからない。それでも、何やら訴えかけ迫ってくるものがあるように感じられた。

ゆっくり作品を見た後で、ティーラウンジへと思ったら、閉鎖され営業していなかった。残念であるが、ここで何か代わりになどと考えずに、次へ進むことにした。

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February 14, 2010

大観と栖鳳-東西の日本画- 山種美術館

午前中に時間が取れたので、標記の展覧会へ。
山種美術館には初めて行くが、まだ新しいようで、私のPCに入っている地図ソフトには記載がない。駒沢通り沿い、広尾高校の向かいにあるらしいので、代官山駅から歩いて行ってきた。

横山大観と竹内栖鳳の作品を中心とした展覧会であるが、それ以外の画家を含め、これは近代日本画家のオールスターキャストなのではないか、と思われるほどであった。

展示室に入ってすぐ、横山大観の「心神」がある。富士山の絵である。向き合っていると、自然と威儀を正したくなる。
大観、川合玉堂、竹内栖鳳による3幅対の松竹梅が掛かっている。それぞれの個性を画面に発揮し、かつ、まとまった作品になっている。この三人が、どんな関係にあったのかを思う。互いに感じていたのは、友情?敬意?競争心?
ああ、安田靫彦だ。高校の古典の教科書に出ていた額田王を描いた画家である。私たちの世代は、あの絵によって安田靫彦の絵のイメージが刷り込まれているのだが、そのイメージ通りの顔で、源義経が描かれている。
菱田春草の「月四題のうち冬」が美しい。梅の枝に雪が積もっている。この雪は宵のうちに上がったのだろうか。それをおぼろに照らす月。
そして、今回の看板である、栖鳳の重文「班猫」(斑ではない)。まさに、日本画らしい日本画の猫である。これはキジ二毛であり、その体毛の遺伝子型は、ええっと、…忘れた。
他にも、私が知っている名前だけで、鏑木清方、前田青邨、上村松園、…。

展示室はそんなに広くないのだけれども、見ごたえがあった。次回展は奥村土牛なのだそうだが、それなら、今回のをもう一回見に来たい気がする。

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February 07, 2010

ルノワール展 国立新美術館

 国立新美術館でルノワール展を見てきた。「通俗名画だ」とか「日本人は好きだよね」などとけなす向きもあるけれど、きれいなのだから、いいじゃないかと思う。

 この画家は、異端としてスタートし、印象派を経て後に離れ、そして作品を国家買い上げされるほどの巨匠になった、ということになっている。その国家買い上げになった「ピアノを弾く少女たち」も、たしかどこかで見ている。そごう美術館だったか。
 このような、「印象派」展ではなくルノワールだけの展覧会で多くの作品をながめていると、作風の移り変わりがよくわかる。私が好きなのは、1890年前後、彼が50歳頃に若い女性を描いたものだということが改めて意識される。いわゆる真珠色の時代であり、女性の白い衣服や帽子が画面上で輝いている。
 裸婦像は、あまり好きではない。これほどの画家なのに、まさか、デッサンが狂っている?と感じられるほど、体型が豊かにデフォルメされているように思われる。それで、絵と向き合っていても、あまり引き込まれない。
 今回、画面を科学的に分析した成果がいろいろ示されていた。X線撮影により、裸婦像の輪郭が何度か書き直されていることがわかったのだそうで、なるほどやっぱり、と思う。

 図録が欲しかったが、同じようなものを今までにいろいろ買ってもちっとも開いていないしと思って、購入は見送った。帰宅し、それらのうちの一冊を開いて、今日も見た、ポーラ美術館所蔵の「レースの帽子の少女」1891 をながめている。

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August 08, 2009

「湖のほとりで」を見てきた

時間が取れ、「湖のほとりで」を見てくることができた。銀座テアトルシネマにて。

原作は、Karin Fossum の Don't Look Back であるらしい。Karin Fossum はノルウェーの作家で、この作品はフィヨルド沿いの村を舞台としているのだそうだが、アンドレア・モライヨーリ監督は、北イタリア山中の湖のほとりにある村での出来事におきかえてこの作品をつくっている。

表面的には、殺人事件の捜査を追うストーリーである。その意味ではサスペンスもの。最後に犯人が明らかにされるまで、謎解きの興味は引っ張られる。
しかし、本当のテーマはおそらくそれではない。登場人物たちは、それぞれ、事情を抱えていて、それゆえの悩み、「説明の困難な自己」とともに生きている。刑事から見れば、殺人事件の嫌疑をかけたくなる人物が次々と現れることに。そして捜査の指揮を執る刑事自身にも、自分の娘に対してすら説明できない病状の妻がいる。

登場人物たちの経歴や事情、心情がだんだんと明らかにされる。また被害者が自ら納得しあるいは望んで死んでいったのであろうことも示される。殺人の犯人はとりあえず確定するが、すべての事実が語られることはない。
いっぽう、刑事は、妻の病状、現状を娘と苦く共有することになる。

美しい湖畔の風景のなかで、人間のありさまを静かに描く。描ききれるものでもない。そうかわかった、という爽快感を与えてくれる映画ではないから、たいした作品ではないとか面白くないという人もいるだろう。
でも、すべての観客に分かるまで説明するのはサービス過剰だとも思う。どこまで理解し受け止めるかは、こちらの責任なのではないか?

中編の純文学の小説を読み終わったあと、静かに沸くものが心に残るような。そんな感じ。

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