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January 07, 2009

ゴム状硫黄は黄色?(第2報)

ゴム状硫黄は実は黄色であったとする、例の新聞記事について。承前

日本の高校教科書ではなく、外国の書籍ではどのように記述されているのか、調べてみた。ただし、私の手元にあるものに限られ、しかも多くが邦訳である。

  1. ブラディ一般化学 Bready他著、若山他訳
    融点から沸点まで加熱したときの元素硫黄の挙動は非常に興味深い。最初に融けたときは淡黄色の比較的さらっとした液体となる。さらに加熱を続けると、しだいに暗色化し、糖みつ状になる。さらに高い温度では、色は再び薄くなり、最後には暗赤色の液体となって445℃で沸騰する。これらの変化を図20・9に示した。
    (嘉村注:単体硫黄に関する写真が2ページにわたり7枚掲載されている。白黒だが、液体の硫黄は黒く写っている)
    写真の注:「温度が上昇すると液体硫黄は暗色になり、粘性が増大する。」「沸点では硫黄は暗色であるが、粘性の少ない液体となる。」
    (中略)
    粘性のある液体硫黄を冷水中に注いで急冷すると、硫黄原子はS8環に再配列できなくなることは面白い。このようにして無定形硫黄とよばれる過冷却された液体ができるが、これはゴムに似た弾性をもっている*。そのまま放置しておくと、無定形硫黄中のS8鎖は熱力学的により安定な斜方晶のS8に変わっていく。
    (脚注)* 無定形硫黄の別名にプラスチック硫黄がある。
  2. シュライバー無機化学 原書3版、Shriver他著、玉虫他訳
    斜方晶系硫黄は113℃で融解する。その黄色い液体の温度を160℃以上にすると、硫黄の環が開いて重合するにつれて色が暗くなり、より粘稠になる。その結果生ずるらせん状のSn重合体の融解物を急冷すると、準安定なゴム状物質ができるが、この物質は室温ではゆっくりとα-S8に戻る。
  3. basic inorganic chemistry F. A. Cotton, G. Wilkinson
    On melting, S8 first gives a yellow, transparent, mobile liquid that becomes dark and increasingly viscous above ca.160゚. The maximum viscosity occurs ca. 200゚ but on further heating the mobility increases until the boiling point, 444.6゚, where the liquid is dark red.
    (snip)
    At higher temperatures, highly colored S3 and S4 molecules are present to the extent of 1 to 3% at the boiling point. The nature of the physical changes and of the species involved are by no means fully understood.
  4. コットンウィルキンソン基礎無機化学 Cotton他著、中原訳
    融解すると、S8はまず黄色の透明で流動性の液体となり、約160℃以上で暗色となり、粘性が増大する。このときの粘性が最大となるのは約200℃でるが、更に加熱すると沸点の444.6℃にいたるまで流動性は増大するが、ここでは暗赤色の液体となる。
    (中略)
    高温においては、強く着色したS3およびS4分子が、沸点では1ないし3%の量まで存在する。このような物理的変化と化学種の性質はまだ充分には理解されていない。
  5. コットンウィルキンソン無機化学 原書4版 Cotton他著、中原訳
    融解硫黄を氷水に注ぐとき、いわゆるゴム状硫黄(plastic sulfur)が得られる。通常は、これはS8を含んでいるが、窒素中300℃で5分間Sαを熱し、氷水中に細い流れを放出することによって長い線として得ることもできる。これらの線は水中で引張ってのばすこともできるが、ひとまわり約3.5原子をもつ硫黄原子のらせん鎖を含むものと思われる。その他の硫黄の同素体とは違って鎖状硫黄はCS2に不溶である。これはゆっくりとSαに転換する。
    高温、高圧下でN4S4を分解するとCS2に不溶の灰黒色型の硫黄を生ずる。
ベッカー一般化学、ヒューイ無機化学には、関連する記述がなかった。

以上ながながと引用してきた。
ゴム状硫黄の色についての直接の記述は少ない。しかし、S8によって構成されるSαの結晶以外の、液体であるとかS3であるとかいった化学種の色は、いずれも黄色より濃いとされていることが読み取れる。ゴム状硫黄は複雑な混合物であろうが、これらの色の濃いものとS8とがある割合で混ざっているものであることに疑いはないだろう。
これらの著者たちが、「日本の高校教科書執筆者」たちと同様に、不純物を含む硫黄を用いて実験していたために、揃いも揃って間違っている、そういうことが、あるのだろうか。

今回の教科書訂正申請は、大日本図書である。大日本の高校化学は、化学IBが始まったときに、電気分解に関する記述を変えさせたというクリーンヒットを放ったことがある。つまり、当時の教科書では硫酸など酸性水溶液の電気分解で、陽極で反応を、「水の解離によって生じている水酸化物イオンが陽極に引き寄せられて」反応するものと書いていた。著者の渡辺正さんは、実際に反応するのはそこにたくさんある水分子であって、OH-が反応するというのはウソであると言い、自著のみならず検定基準をも動かして他社のものまで書きかえさせることになったのだった。

でも、柳の下に、もう一匹ドジョウがいるのかというと、うーん。
「不純物が少なく、加熱しても酸化反応などが起こりにくい試薬を用い、ほとんど黄色のS8ばかりの液体の状態で水に入れ、本来のいわゆる「ゴム状硫黄」ではない黄色くてやわらかい無定形物質を得た」
のではないのかなあ?という疑念が晴れない。
今回の、「ゴム状硫黄は実は黄色だった」については、もう少し慎重な検証が必要であろうと、私は考える。

続きはこちら

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Comments

とても共感できたのですが…
じゃあなんでゴム状硫黄は黒いんですか??
黄色になると言った17歳の学生は鉄分などの不純物がゴム状硫黄を黒くしていたと言っていましたが、それについてはどう思いますか??
最近、化学の実験でゴム状硫黄を生成しました。確かに99.5%の硫黄から黄色のゴム状硫黄ができましたが、この記事を読んで、確かに純度だけの問題なのかなとも思いました。
よかったら教えてください。

長文失礼しました。

Posted by: 紫依 | February 21, 2010 at 16:37

紫依さん、ようこそ。
このエントリの続きも読んでみてください。英語が読みにくかったら、下にある私の文だけでもいいです。S3などの化学種は、赤い色をしていることは確からしいです。
それと、ゴム状硫黄は二硫化炭素に溶けません。私の知る限り、「黄色いゴム状硫黄」は二硫化炭素に溶けなかった、だから斜方硫黄ではない、としている記述はないんですよ。
でも、私も、完全に「ゴム状硫黄は高純度では黄色だ」という話を否定しているわけではありません。自分でやってみていませんしね。紫依さんの実験では、二硫化炭素に対する溶解性は、試されましたか?

Posted by: aromatic Kam | February 21, 2010 at 22:40

某大学にて教えているものです.
今更こんな過去のエントリにコメントを書くのも何ですが,講義の準備をしているときに検索で引っ掛かったのでせっかくなのでコメントを.
ゴム状硫黄(amorphous sulfur)に関しては,おっしゃる通り雑多な分子の混合物であり,製法によりその比率などが異なることが知られています.また純度に関しても,近年では99.9999%などの高純度の原料が用いられることも多くなっています.そのため単純に純度に帰する報告はやや問題があると言えるでしょう.

奇しくもこの学生による報告と同じ2009年に,Rapid Compression法という高温で瞬間的に圧縮してそのまま徐冷するという手法を硫黄に適用することで,新しいアモルファス相が得られる,という報告が成されました.

"Understanding exceptional thermodynamic and kinetic stability of amorphous sulfur obtained by rapid compression"
P. Yu, W. H. Wang, R. J. Wang, S. X. Lin, X. R. Liu, S. M. Hong and H. Y. Bai, App. Phys. Lett., 94, 011910 (2009).
http://dx.doi.org/10.1063/1.3064125

この手法で作成したアモルファス相は黄色透明でありながらも非常に高い柔軟性を示し,さらにX線回折でもアモルファス相に由来するブロードなピークのみが観察されています.これだけですと,色を除けば単なるゴム状硫黄と変わりません.
しかしその一方で,熱測定によればこのアモルファス相の安定性は通常の手法で作ったゴム状硫黄より明らかに高く,組成や構造にかなりの違いがあることを示唆しています.
(この安定性から,著者らはガラス状態の研究に向いてるのでは?と述べています)

まあそんなわけで,作り方やら何やらをうまいこと制御出来れば,(既存の褐色のゴム状硫黄とは異なる組成/相として)黄色透明なアモルファス相が得られることは十分にありそうです.

Posted by: J | August 15, 2012 at 09:50

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