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May 03, 2008

物質世界に足を着けて

連休の後半。昨年と同じく、妻の実家へ遊びに来ている。

一冊持ってきた本が、「化学結合-その量子論的理解-」(ピメンテル他著、千原他訳)というもの。古い本だが、化学ブラッシュアップの一環として、Yahoo!オークションで入手しておいたものである。

その、第一章の冒頭に、ゴシック体で以下のように書かれている。

よい理論というものは、観察によって得られた知識をうまく解釈できるものである。

そう、まったくその通りである。理論、そして学問の存在意義はまさにそこにあると思う。

情報科のほうで教材を吟味していると、ときに感じる違和感。それは、情報科学ないし数学を専攻した人たちと、このあたりの感覚に隔たりがあるからなのだろう。私にとって、理論というのは現実を説明する手段なのである。現実に立脚しない、理論だけのものには興味がないというか、価値を見いだし得ないのだ。

例えば、プログラム。私も学生のときにはプログラミング電卓を使っていた。それは、自分の仕事を速く正確に処理するために数値計算のプログラムを入れて使っていたのであって、プログラムが楽しかったわけではない。
だから、何かプログラムを書くとしたとき、当然、それで何を処理するの?と考える。処理する対象が眼前にないのにプログラムを書くというのは、私にとっては無為なことである。

例えば、シミュレーション。これについては以前書いたことがあるから、ここに再度書くことは控えよう。

勤務校において、当面、化学だけで最大11単位分の教材を考えないといけない状況にある。そういうこともあって、なかなか情報科は担当できない。
でも、来年か再来年に担当できるとすれば、言ってみれば「この物質世界に足を着けた情報B」にしたいものだ。

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Comments

僕も理科の出なので、発想は似てますね。理論のための理論はまったくつまらないというか、意味を見いだせません。

Posted by: n_shimizu | May 05, 2008 at 16:52

ありがとうございます。
いえね、そういうものに値打ちがないと言っている訳ではないのですよね。でも、それは後期中等教育の普通科においては数学科の役割、範ちゅうのことがらだと思うのです。梅棹「知的生産の技術」最終ページに出てくる「情報科」が具現したいま、そこで扱うべきことがらの中心は、やはり目前の情報の山をどのように整理し活用するか、にこそあるのだと考えたいです。

Posted by: aromatic kam | May 10, 2008 at 23:16

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