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May 28, 2008

パンダが死んだ日

朝、「新s」あらたにす を読む。
ここは、朝日・日経・読売の共同ページであって、各社の記事に飛ぶことができる。一面の記事やコラムを読み比べたりすると、なかなか面白い。

新聞紙面でも読めるテキストだけでなく、このサイト独自のコンテンツもある。そういうものの中に、こんな記事があった。
パンダが死んだ日1979/2008

現在中年以上の年齢にある落語ファンにとって、六代目三遊亭円生の死は、記憶に残る事件であった。落語協会分裂騒動が起こり、老齢ながらその渦中にあった巨匠の憤死であったからである。
ところで、その同じ日に。偶然、上野動物園のパンダ、ランランも死んだのであった。
そして翌日の新聞の社会面。昭和の名人、円生の死去は大きく取り上げられたが、ランランが死んだことを知らせる記事の方が、さらに大きく扱われていたのであった。
このことは、当時、話題になった。落語ファンとしては、笑ってすますことのできない引っかかりを感じる事件であり、今に至るまで、共通体験として語りぐさになっているのである。
それが。

「パンダが死んだ日1979/2008」によれば、たしかに朝日と毎日ではそうなっているのだけれども、読売の紙面では、円生死去の記事の方が大きかったというのである。
当時の読売の社会部デスクは、「いかに国民的人気のパンダの死とはいえ、動物より人間の死のほうがニュース価値は上と決断した」のだそうで、これは一つの見識であろう。

私が当時実際に読んだのは朝日である。それをもって、世の中の新聞はみなそうだったのだろうと思いこんでいた。はからずも、あらたにす のおかげで、認識を改めることができた。

こういう話は、情報科の授業でとりあげる範ちゅうにあるわけである。そういう立場にありながら、まさに、我が身を省みることになった。

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Comments

−−−引用ーー−「パンダが死んだ日1979/2008」ーーー
 そこでランランが死んだ1979年9月4日の新聞を読み比べる。日経を除く各紙は一面と社会面を割いた。朝日、日経、毎日は社会面でもトップで詳報。円生師匠の死は、脇で朝日、毎日とも似たような扱い。日経は左中に顔写真つきの2段見出し。ところが読売だけは<円生師匠 突然の死 古典落語一筋に70年 奇しくも79歳の誕生日>が社会面トップで、死んだパンダの関連記事を脇に置いている。
−−−引用ーーー「パンダが死んだ日1979/2008」ーーー
 読売の一面トップ記事については言及されておりませんね。『朝日、日経、毎日は社会面でもトップ』とのことなので、これらは一面でもトップということが伺えますが、読売の一面は?
 「かなり議論はしたが、いかに国民的人気のパンダの死とはいえ、動物より人間の死のほうがニュース価値は上と決断した」と言ったのは当番の社会部デスクだったとのこと。一面は誰が作るんだろう?

Posted by: Nと〜 | May 31, 2008 at 10:48

うーんと、「社会面でもトップ」で詳報、じゃなくて、「社会面でも」「トップで」詳報だと思うんです。一面にも記事があるけど、社会面でさらにトップで取り上げて、ということ。
一面の編集権を握っているのはどういうポジションの人なのでしょうね。総合デスクっていうのがいるのかな。

Posted by: aromatic Kam | June 04, 2008 at 22:22

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