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May 28, 2008

パンダが死んだ日

朝、「新s」あらたにす を読む。
ここは、朝日・日経・読売の共同ページであって、各社の記事に飛ぶことができる。一面の記事やコラムを読み比べたりすると、なかなか面白い。

新聞紙面でも読めるテキストだけでなく、このサイト独自のコンテンツもある。そういうものの中に、こんな記事があった。
パンダが死んだ日1979/2008

現在中年以上の年齢にある落語ファンにとって、六代目三遊亭円生の死は、記憶に残る事件であった。落語協会分裂騒動が起こり、老齢ながらその渦中にあった巨匠の憤死であったからである。
ところで、その同じ日に。偶然、上野動物園のパンダ、ランランも死んだのであった。
そして翌日の新聞の社会面。昭和の名人、円生の死去は大きく取り上げられたが、ランランが死んだことを知らせる記事の方が、さらに大きく扱われていたのであった。
このことは、当時、話題になった。落語ファンとしては、笑ってすますことのできない引っかかりを感じる事件であり、今に至るまで、共通体験として語りぐさになっているのである。
それが。

「パンダが死んだ日1979/2008」によれば、たしかに朝日と毎日ではそうなっているのだけれども、読売の紙面では、円生死去の記事の方が大きかったというのである。
当時の読売の社会部デスクは、「いかに国民的人気のパンダの死とはいえ、動物より人間の死のほうがニュース価値は上と決断した」のだそうで、これは一つの見識であろう。

私が当時実際に読んだのは朝日である。それをもって、世の中の新聞はみなそうだったのだろうと思いこんでいた。はからずも、あらたにす のおかげで、認識を改めることができた。

こういう話は、情報科の授業でとりあげる範ちゅうにあるわけである。そういう立場にありながら、まさに、我が身を省みることになった。

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May 26, 2008

ゴム栓とコルク栓

実習のHさんが努力してくれて、器具がそろった。
それでは、やろう。珍しくもない実験であるが、赤ワインの蒸留である。

近所のスーパーで、ワインを8本買った。1班に70mLずつ配って1クラスで1本。7クラス分に予備である。
レジ袋に入れて、職員室へ帰ってきたら、絶句した人がいるので。
「これは、フラスコが、飲むんです!」

Hさん、非常勤のKさん。それに私で、実験の準備をする。新しいガラス器具をつなぐために、コルク栓やゴム栓を用意して穴を開けるのである。数が多く、1人ではやるのはきついのだが、3人いればどんどん進む。

ところで、高校化学の蒸留実験では、器具を接続するためには一般に黒いゴム栓を使う。
それでも良いのだが、私の感覚では、有機実験で常圧のときはコルク栓なのである。

どうしてなのかと問われても、あまり判然とした答えができない。アルコールなどの有機物に対して、黒ゴムよりはコルクの方が耐えるのかなあ?とは思う。あるいは、コルクの方が力がかかったときに素直に抜けてくれるから、器具が破損しにくいとか。
実は、それよりむしろ、私が学部3年のときにやった有機実験ではコルク栓を使っていたから、というのが主要な理由であったりする。私がそういうものだと思っている、ということ。
研究室に入ってからは、器具はみんな共通すりあわせだったから、ゴム栓やコルク栓なんて使わなかったし…。
それでも、枝付きフラスコの上部に温度計を固定するためには、コルク栓では温度計だけスポッと抜け落ちてフラスコの底を割りそうな気がしたので、シリコンゴム栓とした。フラスコの枝とリービッヒ冷却器をつなぐところは、コルク栓である。

そんなこんなで、穴を開けたコルク栓とシリコンゴムのゴム栓が、無事に揃ったわけだけれど。
使い分ける、明確な理由があるのだろうか?Webを検索してみたのだけれども、分からなかった。

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May 21, 2008

メール管理

私たちには、県からメールアカウントが発給されている。これは全員に強制ではなく、希望する者が申請して使うというスタイルである。
ドメインが公的なものなので、仕事でメールを出すときにも、私用の民間プロバイダ発給のものよりは使いやすい。(あれこれと難しいことを言わなければ)いくらか信用度も高いのではないかと思う。

ところが、このメールサーバには、外部から接続してメールを受信することができない。
さらに、職員室のネットワークからは、外部のメールサーバに接続してメールを取ることができない。
つまり、常用の民間プロバイダのアドレス宛に来たメールは職場では受信できず、公用アドレス宛に来たメールは自宅などでは受信できないのである。

このような事態に対し、私は以下のように対応している。

  1. プロバイダのメールサーバに着信したメールは、県のアドレスあてに転送する設定にしている。ただし、私がメインに使っているプロバイダのメールサービスにはスパムフィルタがないので、niftyのメールサーバを経由させ、そこでフィルタリングしてから県のアドレスに送る。
  2. 職場から発信するメールは、もちろん公用メールアドレスからの差し出しとなるのだが、ヘッダに、Reply-to: で民間プロバイダのメールアドレスを指定しておく。こうすると、このメールに対して普通に返信を書いてもらえれば、メールは民間プロバイダの方へ届き、またそれは県の方へも転送される。つまり、自宅でも職場でも読める。
  3. 出先では、携帯電話端末から、プロバイダのメールサーバに接続してメールを読む。私の契約しているプロバイダには、そういうサービスがある。
  4. 出張先が神奈川県立高校であって、パソコンを借りられれば、USBメモリスティックに入れてあるU3対応のThunderbirdで、県のメールアドレス宛に来ているメールを読める。この場合、借りるパソコンは教育委員会ネットワークにつながっていれば良く、職員用のものでも生徒実習用のものでもかまわない。
  5. 以上の工夫をしても、わざわざ県のアドレスだけを to: に書いてメールを送ってこられると、それについては自宅などでは読めない。ただ、運用していると、そのようなメールは少ないので、さほどの支障はない。

現状、このあたりが最適な解決策なのではないかと考えている。みなさんは、どうなさっているのだろうか。

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May 20, 2008

前期中間テスト

前期の中間テストが迫っている。
勤務校は二期制をとっているが、記念祭と称する創立記念日に合わせた文化祭を動かすことをしないので、前期中間テストはこの時期になる。これは、三学期制の学校の一学期中間と変わらない日程である。

1年の化学Iは、今年度は担当する3名で別々の問題を作ることにしてみた。授業進度は同じだし、取り扱う項目についても打ち合わせているから、出題範囲はほぼ同じ。問題の内容は、そんなには変わらない。
それでもやはり、担当者ごとのカラーが出る。
「こういう問題が解けるようになることが、この教材を理解し身につけたということだ」
という、それぞれの考えが反映されるわけだから、当然と言えば当然のことである。
そこを、苦しい思いをして完全に共通問題にすると、良い意味での授業の個性が減殺されるおそれもある。
昨年度は、Hさんと私とで、共通問題半分、独自問題半分という扱いをした。そうすることで、そのあたりを汲んでいたのであったが。

生徒に対しては、3人の誰が担当者であっても、公平・公正な評価が行われるよ、ということを示さなければならない。次回から計算がたくさん入ってくるし、問題の難易度も調整していかなければならないだろう。

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May 16, 2008

研究大会資料作成

情報部会研究大会の配付資料と、部会名簿。その印刷と綴じ込み作業を、私の勤務校で行う。異動してくる前の年から、3年続けてこの方式で行っている。

資料は、500部作成している。発送用に350部、研究大会用に150部という計算である。実際には、研究大会に150部もいらないのだが、何でも500枚刷るというのが覚えやすいので、少なくともここ5年間は、そうしてきている。
こういう作業は、もちろん手間がかかる。ここのところの多忙化によって、作業に集まってこられる委員の人数も減ってきており、この方式で続けられるかどうか、検討しなくてはならない。
紙を取っては綴じる作業の間、初代部会長のImさんが、来年からはもう印刷に出そうと言っていた。そうしたいと思うけれど、情報部会では学力テストの代金を取っていないから、予算が乏しい。これは大前提である。

みなそれぞれ校務を気にしながら、それでもこうして10人ほどが集まってきて、7時すぎまで。作業をしつつ、会話を交わす。
そういえば、旧3委員会-教育、技術、ネット-の委員として集まるのも、今日が最後だったのだ。

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May 14, 2008

資金ショート

私の銀行残高の話ではない。ものの例え。

今日、ついに教材準備がショートした。スライドとプリントの作成が授業進行に追いつかなくなったのである。
やむなく、黒板を使った、いわゆる普通の授業を行った。

あと一週間。情報部会研究大会まで、厳しい日程である。

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May 13, 2008

総合ゼミ第1回

今日、総合ゼミ「分子を知る」の第1回目を行った。

うまくいったのかどうかは、まあ、微妙なところだろうか。興味を示して取り組んだ者もいれば、眠そうにしていた者もいた。
これは、私の授業展開に問題があったと思う。

そもそも、私はふだん、教科書を使った授業をしない。それが、今日はしっかりテキストを読みながら、そこに書いてある内容を補充的に解説していくスタイルを取ったのである。
というのは、理系英語に少しだけ慣れるということをこの講座の目的の一つと考えているため、テキストの英文を読み上げて解釈する必要があった。ただし、それは私もしんどいので、日本語訳のほうに逃げて、そちらにそって進んでみたり、立ち上がって黒板を使ってみたり…という具合に、授業の進行がふらふらとしていた。いわゆる、雑ぱくな内容になってしまった。これでは、生徒にしてみれば、集中できないということになる。

終了後、数名の生徒に聞いてみると、英語はもう受験勉強でいっぱいいっぱいだから、それより実験をどんどんやりたいだとか、はやく分子模型を注文してもらって組み立てたいといった要望がでてきた。
なるほど。でも、orbitalの話が終わるまでは、有機実験はできないしなあ。放電管の発する光でも分光してみようか?

これは、要検討である。もっと授業内容をしっかり組み立てて臨まなければ。
それには、何しろ時間が足りない。

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May 12, 2008

ジョーンズ有機化学

明日から3年の総合ゼミが始まる。
第二希望で回ってきた者を含め、6名でのスタートとなっている。まさに、ゼミらしい人数とも言える。

さて、私が出したテーマは、「分子を知る」であった。高校レベルを少し超えながら、振り返って高校有機の見通しが良くなるような内容を、英語テキストを活用しながら扱っていきたいと考えている。

とりあえず、私が持っているジョーンズ有機化学に沿って進もうと思う。これは原書第2版である。数日前に、Amazonのマーケットプレイスで、この第2版の(現行は第3版)邦訳書を見つけて購入しておいたので、これらを活用して対訳のテキストをつくった。これで、電子式、電子殻、それに(ここは高校レベルを超えるのだが)混成軌道あたりまでを勉強させることを当面の目標としよう。

受講する生徒たちに適した、設定すべきレベルがよくわからない。明日の第一回に向け、期待と、少々の不安を抱いている。

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May 09, 2008

実験指導

今年度、化学Iで実験を行うときには、なるべく多くの教員がつくようにしている。

これは、特に新しいことを始めようと意気込んでのことではない。事情を詳述することは控えるが、化学担当の3人と実習教員1人の合計4人で、自然につくられた体制である。

7クラスを同一テーマで行う。すでに4クラスが終わり、そのうち私が進行したのが2回である。

ひとの授業展開を見て、そのうえでまた、自分でやってみる。これは、私のように25年目になる者にとっても、とても糧になる、有意義なことである。

精密天秤を使わせる。口頭で操作法を説明したのでは、なかなか、うまくつたわらない。でも、ビデオカメラとプロジェクタをつかって操作を投影して見せると、効果てきめんである。天秤もプロジェクタも、せっかくあるものなので、こうして有意義に使わないともったいない。

もっとも、教員が3人も4人も出てきて手をかけてやらないといけないというのも情けないだろう、という考え方もある。私もそう思わないでもないが、いまどきの生徒の現状をみたとき、安全に、かつ実りある実験授業を行うためには、これはやむをえないだろう。
教えれば身につけてくれると信じて、基本的な注意を、ときに厳しく重ねていかないといけないな、と考えているところである。

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May 06, 2008

エリック・カール展

エリック・カール展を見てきた。

Ecarle

ご存じ、「はらぺこあおむし」の作者である。
その制作手法はテレビなどでもよく紹介されている。あらかじめ色を塗っておいた紙を切り貼りする、と書いてしまえばそれだけだが、実はなかなか、奥の深い作業であるように思われる。

筆で絵の具を塗った紙を、ただ動物のシルエットに切り出してみたところで、さほど面白いものにはならない。それが、例えばクマならクマの姿を作るとすると、頭、前足と肩、胴体、後ろ足とおしり、といったぐあいに、その動物が歩くときにひとかたまりになって動く部分の形を切り出し、それを貼り合わせて全体の形にしている。こうすることで、私たちが、その歩くときの体の動きまで含めて「クマ」と認識し記憶している、それを鮮やかに想起させるので、貼り合わせの紙が生き生きとしたクマの姿に見える。私には、そのように思われた。

会場内は、例によって液晶プロジェクタからの映像が駆使され、子供も大人もすなおに楽しめる展示空間になっている。「はらぺこあおむし」の制作過程も、あらためてよくわかった。

銀座松屋8階特設会場にて、5月12日まで。

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May 04, 2008

一茶記念館

連休中の4日。信濃町の、一茶記念館へ出かけてきた。
義父の車を借り、上信越道に乗る。さすがに行楽期間で、対向2車線になるところでは、こんな田舎でも渋滞が発生している。

小林一茶は、現在の長野県上水内郡信濃町、当時の北国街道柏原宿の人である。早くに江戸へ出て、俳諧を始めている。そのため、弟と財産を巡って長年にわたり争っていたようだ。
俳句の方では成功を収めながら、家庭的にはあまり恵まれず、妻と全ての子供が死去したのちに、三人目の妻と結婚し、まもなく亡くなっている。
といったような、一茶の人生のあとを解説し展示しているのがこの記念館ということになるだろう。生家-終の棲家からは少し離れ、その墓のすぐ近くに建っている。

私たちは、三大俳人として、芭蕉・蕪村とともに一茶の名をあげる。しかし、これは一茶の生きた時代からそのように認められていたものではなく、死後に一茶顕彰の機運が盛り上がったのだという。

私は俳句にさほど興味があるわけではないので、まあ、一般的な観光客として、展示をさっと見た。
それよりむしろ、記念館の2階から望む、黒姫山と妙高山の姿の美しさの方に、訴えかけてくるものがあるように感じた。

Issakuhi
(一茶の句碑と黒姫山)

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May 03, 2008

物質世界に足を着けて

連休の後半。昨年と同じく、妻の実家へ遊びに来ている。

一冊持ってきた本が、「化学結合-その量子論的理解-」(ピメンテル他著、千原他訳)というもの。古い本だが、化学ブラッシュアップの一環として、Yahoo!オークションで入手しておいたものである。

その、第一章の冒頭に、ゴシック体で以下のように書かれている。

よい理論というものは、観察によって得られた知識をうまく解釈できるものである。

そう、まったくその通りである。理論、そして学問の存在意義はまさにそこにあると思う。

情報科のほうで教材を吟味していると、ときに感じる違和感。それは、情報科学ないし数学を専攻した人たちと、このあたりの感覚に隔たりがあるからなのだろう。私にとって、理論というのは現実を説明する手段なのである。現実に立脚しない、理論だけのものには興味がないというか、価値を見いだし得ないのだ。

例えば、プログラム。私も学生のときにはプログラミング電卓を使っていた。それは、自分の仕事を速く正確に処理するために数値計算のプログラムを入れて使っていたのであって、プログラムが楽しかったわけではない。
だから、何かプログラムを書くとしたとき、当然、それで何を処理するの?と考える。処理する対象が眼前にないのにプログラムを書くというのは、私にとっては無為なことである。

例えば、シミュレーション。これについては以前書いたことがあるから、ここに再度書くことは控えよう。

勤務校において、当面、化学だけで最大11単位分の教材を考えないといけない状況にある。そういうこともあって、なかなか情報科は担当できない。
でも、来年か再来年に担当できるとすれば、言ってみれば「この物質世界に足を着けた情報B」にしたいものだ。

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May 01, 2008

一太郎手袋

Ichitarogloves

これ、一太郎2008営業担当者のブログというのがあって、そこへコメントを書き込んでもらったものである。一応抽選でということになっていたのだが、書き込み数が想定を下回り、全員がもらえた模様(悲)。

手袋というが、赤い軍手である。一太郎とかJUSTSYSTEMSという文字がゴム質の滑り止め。

大事にとって置いても劣化してしまうだろうから、普通に使おうか。と言って、軍手の用途と言っても、うーん。
まもなく行われる文化祭のキャンプファイアーで作業用に使うのでは、可哀想だし。

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硫化水素による…

今日、職員室で二人から聞かれた。

今回話題となっている硫化水素が発生する化学反応は、一般になじみのあるものではない。でも、その原理は、弱酸の塩に強酸を加えることによって弱酸が遊離するというものであり、このことがらは、高校で化学をやっていれば習うのである。

どんな製品でも、想定外の極端な使い方をされてしまえば、このように危険なものになったりする。
こういうレベルの使われ方まで想定して製品の開発・販売をしなければならないのだろうか?
それとも、「ロングテール」な情報でもどんどん広がり共有されていくような社会になってしまったことの弊害?

入浴剤でも入れて、風呂に入ろうか。

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