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October 09, 2006

名月の花かと見えて綿畑

10月7日の記事の続き。

「名月の花かと見えて綿畑」 松尾芭蕉

10日ほど前の新聞だったか、中秋の名月についてのコラム記事が載り、その最後にこの句が引用してあった。
私は、この句を初めて読んだ。そして、はっとしたわけであるが。

まず、この句の表している情景である。それは、ちょうど中秋の名月の頃、結実してはじけ、開いている綿花の畑であろう。
夜でも明るく、あたりが見渡せる。歩くのに提灯はいらない。夜道を歩き、畑に出た。これは花畑か、いや、よく見れば綿の実であった、ということなのだと思う。

なぜ、はじめに花畑だと思ったのか。
白い色のものが、畑にたくさん見えている。世の中には白い花だってあるけれども、赤や黄色の有彩色を思い浮かべるのが普通だろう。見えているのは白色の物なのに、頭の中で無意識に色彩補正をして、色の付いた花だと理解したのだ。
では、そのような、無意識の色彩補正が行われるのはなぜなのか。

ヒトの目には、2種類の受光素子(細胞)がある。明るいときに働くのが錐状体で、これは色の情報も感知する。暗いときには桿状体が働き、これは明暗のみを感じる。
物体の色については、私たちは明るいときに見て覚える。暗く、桿状体だけが働いているときは、実際には白黒の視覚情報だけを得ているのだけれども、学習してきている色覚を重ねながら、見えるものを理解しているわけだ。

そこで、「名月の花かと見えて綿畑」 。畑に、茎に付いてふわふわとしているものがあれば、白く見えているのに、それは花だと思いこむ。しかし、よく見てみれば、本当に白い、綿花であった。

満月の夜は非常に明るいと思っても、実はその明るさは、桿状体の領域でしかない。
そして、思いこみの危険性。

この句から感じ取るべきなのは、趣きや味わいといったものではなく、警告ではないだろうか。
一瞬、そんなことを考えた。

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