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August 17, 2006

「情報」を大学入試に出題する意義

先日、教科「情報」大学入試フォーラムという記事を書いた。

そこへ、トラックバックをいただいた。mkawanoさんとおっしゃる、大学の先生のブログからである。
続きを書くかも知れないとしておいたことだし、ちょっと、やってみようかと思う。

ここに冊子がある。表題は長く、「国立大学法人東京農工大学 平成16年度大学戦略経費(学長裁量経費) 入試個別学力検査における教科「情報」の試行 最終報告書」というものである。発行は2005年7月31日、教科「情報」試行試験実施委員会 となっている。
その中の、 1.2 情報工学科の入試において「情報」を出題する意義 から引用する。

第一に、現在の入試科目(「英語」、「数学」、「物理」)だけでは、情報科学に適性のある学生を選抜することができないということである。この背景には、情報科学が旧来の自然科学とは異なる学問であるという事実がある。情報科学の特徴は、論理的モデルを構築する行為が大きな部分を占めている。自然科学でも、現象から数量的モデルを組み立てることにより研究が進められる。しかし、そのモデルから導かれる理論が現実に合わなければ、そのモデルは価値がない。つまり、自然が一番偉いのである。しかし、情報科学では、比較・検証する相手は自然界ではない。構築された論理的モデルが矛盾していないこと、効率的に運用できること、などが最も重要なのである。(中略)
もう一つ、情報科学の根幹をなす概念として、「プログラム」(その本質は、予め書かれていて時間と共に進行する手順)がある。これは旧来の自然科学にはなかった概念である。
このように、旧来の自然科学にない概念を重要視する情報科学が「情報」以外の入試科目で適性のある学生を選抜できるとは考えにくいことである。(中略)
第二に、入試を通じて「情報科学はどんな学問であるのか」を社会に情報発信することができるからである。(後略)

このように、明快に2つの理由をあげている。

まあ、自然科学側の人間(ぉぃ)としては、例えば野依良治氏の有機合成などはすぐれたプログラムを開発したとみなすことができるのではないかなどとも思う。そして、どうしてこのように、殊更に自分たちの学問を自然科学と違うものだと主張するのだろうかと、いささかの戸惑いも覚える。

旧来の学問とは違うのだから、情報科学に直接つながる教科「情報」を科さないと適性のある学生を選抜できない、という論理は、それこそ内的には矛盾がないのかもしれない。
しかし、相当する入試科目を科していない学問領域を扱う学部学科は、他にいくつもあるだろう。医学部や家政学部のことはすでに書いた(2005年11月27日付け記事)
それに加え、例えば入試で数学をとらなくても入れる経済学部は多いのが現状である。マル経なき今、それでは適性のある学生を選抜できていないはずだ、ぜひ数IIIまで入試科目に出題するべきだ、と指摘するのだろうか。

自然が一番偉いとはこの際言わないが、ものごとは、状況の中で判断されるべきものであろう。
「情報」を入試に出題することの是非について、現段階では、私は判断を留保する。

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