« クレー展 | Main | 町田高校で総合実習を見学 »

February 12, 2006

写真展「ベトナム そこは、戦場だった」

東京都写真美術館で開催されている、「発掘された不滅の記録 1954-1975 [VIET NAM ベトナム] そこは、戦場だった」という長いタイトルの写真展に行ってきた。
東京都写真美術館には、はじめて行った。恵比寿のサッポロビール工場跡地を再開発した地域の一角にあるのだが、恵比寿駅から意外に距離があったし、場所もわかりにくかった。

写真展であるのだけれど、いわゆるベトナム戦争の歴史をざっと復習することもできるような展示になっている。
ベトナム戦争の末期は、私は中学生から高校に入る時期であった。毎朝、NHKのスタジオ102などで示されるベトナムの地図が、どんどん赤く塗りつぶされていくのを見て、世界がまさに動いているのを実感していた。
そのころよく聞かれた、北爆であるとか、民族解放戦線、臨時革命政府といった言葉が展示の解説に出てきていて、妙な懐かしさも感じた。あれは30年前なのであるが、そのとき現地で起こっていたことを、あらためて写真でつぶさに見ることができた。
そして、それは、いささかショッキングでもあった。

「ホーチミン・ルート」。これは、私の知らないことがらであった。北側から南を支援するために人も物資も送らなくてはならないが、海岸沿いのメインストリートや海上ルートは、当然米軍によって厳しく封鎖されている。ならば、ラオス国境を越えるような山岳ルートを取るしかない。断崖に架けられた粗末な仮設階段や、茂みを流れる川の水の中、湿地帯などを貫いて通行する、人力だけの物資補給ルートがあったのである。これはもう、信じられないような情景の写真であった。むろん、ルート中には平坦で困難の少ない部分もあったはずで、「写真になる」ところの写真が展示されているということなのだろうが、それにしても、すごいものだった。
ピューリツアー賞を受賞した、ナパーム弾でやけどを負って全裸で逃げてくる少女の有名な写真もあった。

解説は、しかし、単純な図式での理解を戒めている。人民が英雄的に戦った結果のサイゴン陥落、南北統一というストーリーで見るべきではないと。北でも地主階級などの者を多数処刑したりしているし、南部が北の政権によって統一されていく過程でのさまざまなことがらは、今日でも必ずしも明らかになっていないのだそうだ。私たちは、同じ人間として、そこに起こったことを見つめようという主張に、同感である。

|

« クレー展 | Main | 町田高校で総合実習を見学 »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/69195/41565018

Listed below are links to weblogs that reference 写真展「ベトナム そこは、戦場だった」:

« クレー展 | Main | 町田高校で総合実習を見学 »